秋原北胤監督 「レフトフライ」が宮崎県都城市 シネポートで上映が決定致しました!!
by asai
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最終回 宮崎野球人 石井和夫さん

「宮崎野球人」も今回が最終回。最終回のゲストは、

以前に出演者の皆さんと一緒に訪問した野球人の聖地であるお店「あぶさん」の店長、石井和夫さんにインタビューさせて頂きました!

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まずは、石井和夫さんのプロフィールをご紹介します。

宮崎県 延岡工業高校出身。現在はもう野球チームはないが、八王子にある㈱スリーボンドで一年程野球をし、その後しばらく沖縄へ。帰京後は四谷にある焼き肉店「羅生門」で店長をやっていたが、そこで漫画「あぶさん」の作者である水島新司先生やビートたけしさんに出会いその縁で「あぶさん」を開店。今年で31年目になる。

そんな石井さんのことを常連の方々にお伺いしてみました!

Q石井さんはどんな方ですか?
「優しくてとても気さく」
「毎日優しいよ」「怒ってるところ見たことないかな」
「優しくて、とにかく面倒見がいいかな。だからお客さんがたくさん集まるようなお店になったんだと思う」
「ちょっと寡黙なんですけど、人柄の良い所がにじみ出て、みんな慕って多くの人が集まってきたかな」

人望の厚さが伝わってくる皆さんの声です!

Qあなたにとってお店ってどんな場所ですか?
「気楽な場所だね」と語ってくれたのは、「最近はなかなか来れなくなってしまったけれど、昔はよく来ていました」という常連さん
「暖かい場所。それは石井さんの人柄のお陰です」とおっしゃる常連さんも。

Qこのお店を一言で言うなら!?
「明るいね」「みんなと仲良くできる」「たくさんの有名な方の写真が貼ってあるけど、色んな方が来てくれているのは石井さんの人柄からだよね」
「野球のファンも、巨人とか阪神だけのファンじゃなく全球団の人たちがくるからね。明るさで色んな人を惹き付けてるのではないかな」。

常連さんからの声を聞くかぎり、とても優しく、気さくな方で、たくさんの方々を惹き付けている石井さん。
それではご本人に早速、インタビューしてみたいと思います!

アサイ(以下A)宜しくお願い致します!早速ですが、開店以来いつもお客様とのふれあいで心がけていることはありますか?
石井さん(以下I )特にはないけどね。ただ、お客さんと楽しく、喋って飲む食べる。
見ても分かるようにお客さんに恵まれているからね。お客さんがお店を作ってくださってるようなものだから。

A:地元、宮崎県の野球仲間、まつわる方もお店にいらっしゃることは多いのでしょうか?
I:同級生はもうなかなかこないけど、後輩は来てくれるね。オリックスの監督(福良淳一さん)が後輩にいる。社会人や都市対抗野球が近くなると、遠方から友人が来てくれたりするから有り難いね。

A:野球好きのお客さんと、野球の話に花が咲くことはありますか?
I:うちは、阪神とか巨人といった特定の球団のファンではなく、12球団のファンの皆さんが来てくれるからね。全球団のファンが一緒になって飲んでいる。そこが熱いとこでもあるね。

A:今まで、そのようなお客さんとのふれあいでエピソードはありますか?
I:毎日がエピソードだらけ。お客さんとの出会いもそうだし、俺の知らないことを教えてもらうこともある。野球のことも、色んな方面のことを聞けるから日々勉強になるよ。

A:野球好きなお客さんも多くいらっしゃる中で、12球団のファンが集うこのお店の今後の展望を教えてください。
I:今のままで十分かな。現状維持ができれば1番いいんだけどね。でも厳しい時代だから…どうかなぁ。笑

A:地元、宮崎での思い出はありますか?
I:高校最後の夏は2回戦で敗戦。いい思い出はないな…

A:石井さんにとって野球とはなんですか?
I:仕事の延長線上だね。社会人までやっていたけどそこで挫折をしたんだ。その時は、大変だったけど。野球をやっていたから、このお店ができたし、たくさんの友達と話をすることができる。長嶋茂雄さんの言葉をかりて「野球は人生そのもの」だね。

A:最後に、もしこの映画「レフトフライ」で女子中心チーム赤蛙精工の監督をすることになったらどのような作戦で相手の象山産業に挑みますか?
I:俺は、打順を決めたら後は選手に任せる。決めるまでが監督の務めだと思っているから。勝っても負けても、監督は何も言えないからね。選手の自主性が大事。昔、草野球の監督もしていたけど、その時も、打順を決めたら後は草野球のメンバーに任せていたからね。

*****インタビュー終了*****

石井さん、常連の皆さん、お忙しいなか本当にありがとうございました!
この後、あぶさんで働いていらっしゃる芦川誠さんや常連さんの方と楽しい時間を過ごさせて頂きました!

長い間ご愛読ありがとうございました!またいつか宮崎の皆さんと一緒に新しい企画が出来ればと思います!担当はアサイでした!


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# by ker_pyokon | 2017-12-04 10:00
宮崎野球人 新名良盛さん
今回の宮崎野球人ブログは……
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新名良盛さんです。
まだまだ若い熱血漢の新名さん。まずは野球の思い出から聞かしていただければと思います。

アサイ(以下A)よろしくお願いします。まずは宮崎での学生野球のお話をお聞かせください。
新名(以下N)こちらこそよろしくお願いします。野球を始めたのは小学校からで、小学校時代は県大会予選優勝、中学時代も県大会で優勝しました。小学生時代の大会で優勝して九州大会で福岡ドームに行ったこと、中学時代に最後の大会で暴投してしまい、それが決勝点になったことが忘れられません。
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中学時代のお写真

A:そして、宮崎南高校に進学されたのですね。
N:はい。公立高校ですが、1988年に夏の甲子園に出場した高校で、先日若くてお亡くなりになりました日ハム、広島、巨人で活躍された木村拓也さんもOBです。そのチームで1年からショートのレギュラーとなり、初打席でもヒットを打つことが出来ました。しかし、高2の夏の大会では5失策してしまったりして、甲子園に行くことは出来ませんでした。
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高校時代のお写真

A:その後東京で青山学院大学に入って野球部に入られたんですよね。
N:そこまでが大変でした(笑)。高校卒業時に大学受験に失敗し浪人。福岡の河合塾の寮に入りましたが、そこでももちろん勉強もしていましたが(笑)17時から毎日かかさず素振りとランニングをしていました
A:それで無事大学合格。
N:はい。大東文化大学に合格しました。野球部に籍を置いたもののどうしても東都大学リーグで野球をやりたいと思い、仮面浪人して実質2浪でやっと青山学院大学に入り野球部に入りました。
A:ついに夢の東都大学リーグの一員ですね。
N:はいそうですが、ここからも大変でした。1年生の時は付き人制度に苦労しました。また年齢が2歳も上であったため先輩方にいろいろ言われたりました。でもとにかく歯を食いしばっていたのを覚えています。2年生の時はとにかく一生懸命練習していました。特に基礎練習を地道に何度も行っていました。3年生になると、2年生の基礎練習の成果が出始め一気に野球が上手くなっていくのが自分でもわかりました。秋季リーグ戦では何度かリーグ戦メンバーに選ばれました。4年生では、春からリーグ戦メンバー入り。春と秋のリーグ戦を優勝し、夏には全日本大学野球選手権大会で優勝!秋には明治神宮大会にも出場しました。
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全日本大学野球選手権大会で優勝された時のお写真

A:その後大学を卒業されても野球熱は冷めなかったんですね。
N:はい。クラブチームで野球を続けました。まずは千葉熱血メイキング入団。初代キャプテンに任命されました。また、Clubチャレンジニッポン!の日本代表メンバー選出され、3週間アリゾナに行きメジャーのAAA~3Aの混成チームと試合をしたこと。アメリカの球場を見たり、大リーガーを間近で見たときは興奮しました。チームを変えてクラブチームで頑張ってきましたが、全国大会に出場することは出来ませんでした。そして2013年10月に宮崎に戻ってきました
A:宮崎でも野球を続けたんですか?
N:はい。宮崎のクラブチーム宮崎ゴールデンゴールズに所属したのですが、宮崎の硬式野球の現状にびっくりしました。チームの改革に着手し2016年には監督就任。そして私が在籍した期間において公式戦で初勝利しました。
A:そして現在はご自分のチームを持たれているんですね。
N:はい。2017年に宮崎灼熱フェニックスを発足しました。もともと自分でチームを持ちたいという思い、選択肢を増やしたいという思い、宮崎でもレベルの高い野球が出来る環境を作りたいという思い、何よりも野球を通して宮崎を盛り上げたいという思いでチームを現在運営しています。そして今年は、九州大会までは出場しましたが、全国大会へは出場できず…来年こそはと強い思いでいます。
A:期待しております!最後に今回の映画「レフトフライ」は「元プロ野球レベルのバッテリー(慶応OBの志村亮さんと元ソフトバンクの江尻慎太郎さん)以外は野球はじめて1週間の女子選手」という設定で、40代後半のノンプロ経験者と戦うという話ですが、新名さんがもしこのチームの監督ならどのような戦法で相手と戦いますか?
N:厳しい戦いで非常に悩みますが(笑)まず、一週間で徹底的にバントの練習をさせ、ベテラン選手たちを走らせ、疲れさせる戦法をとります
そして、プロレベルのバッテリー2人でチャンスを作りバント攻撃か、その前にランナーが出てればプロレベルのバッテリー2人に打たせ得点を返す作戦を取るかと思います。
守備に関しては、相手チーム選手達の現役時代のデータを掻き集め、データをとります。
プロレベルのバッテリーなので、基本三振を狙い、勝負どころではデータに基づき極端なシフトを引き、後は運に懸けるといったところでしょうか。

ありがとうございました!次回宮崎に行くときには是非!宮崎灼熱フェニックスを応援に行きたいと思います!
新名さん!ありがとうございました104.png


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# by ker_pyokon | 2017-11-27 10:00
宮崎県上映 大成功でした!!
11月18、19の両日、宮崎県都城市 シネポート、セントラルシネマ宮崎にて開催された映画「レフトフライ 」の 舞台挨拶が無事、終了しました!


シネポートでは秋原北胤監督、出演者の櫻井 みゆきさん、芝光夫さん が登壇されました。
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今回、宮崎県上映の舞台挨拶に来られたきっかけをお話くださいました。

「両親が都城市出身で、私も、本籍が都城市なのです」と櫻井さん。

また、芝さんも、「生まれも育ちも都城市出身で、監督から野球をやるぞ!とお声をかけてもらい、映画の出演が決まりました。櫻井さんと同様、都城市に縁があり、都城市で上映会のお話を聞いて、是非という気持ちで今日、都城市に帰ってきました」と挨拶をされました。

今回、初めて都城市を訪れたという櫻井さんですが、「都会では食べれない、歯ごたえのある地鶏が美味しかったです。シネポートで上映できたことも思い出です」と都城でのエピソードを語って頂きました。

さらに、36年ぶりに地元へ帰ってきた芝さんからは、
「昔は、もう少し街が活気で溢れていた思い出がありました。
すっかり景観が変わっていて、道に迷って、困ったこともあったほどです。そして何より、私が住んでいた当時は、味わえなかった地鶏や牛肉のお店が増え、食べ物がとても美味しいく、空気も良くて、水も美味しい。やっぱり都城はいいなと改めて感じました。私の小さな夢ですが、もっと都城市や宮崎県を、この映画をきっかけとし、みなさんと共に全国に発信していきたいと思います」と、都城への郷土愛がたっぷりのコメントが印象的でした。

都城市を中心に、宮崎県で映画のロケをすることを今、考え始めているという、秋原監督。「映画を見て、こうした場所でロケをしたら楽しいですよ、など、地域の皆さんだからこそ知っていることがあれば、ぜひ教えて頂きながら、今後に活かしていきたい」と宮崎県ロケへの前向きな姿勢を語っていました。

映画上映後にはパンフレットの販売とサイン会が行われました!
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都城市の方が初日の公演を通し、次回作に出演したい!とお声をかけてくださり、
また、多くの地域の皆さんが19日の公演にご来場頂きました。
本当にありがとうございました。


今回は、宮崎テレビUMKさんに向かい
毎週土曜日17時56分からのニュース情報番組「U-doki(ユードキ)」の生出演もしました!

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宮崎県上映に至った経緯を紹介し、芝さんの県大会で完全試合したVTRも放送されました!!
とても活気にあふれるスタジオでした!


そして、今回もたくさんの美味しい料理を堪能しました。

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豚カツや、蜂楽饅頭、宮崎発祥のチキン南蛮などなど…
宮崎県のグルメは本当に美味しいものばかりです。


この日も、シネポートの河村さんがアテンドしてくださいました。
ありがとうございました。

そして、2日目シネポートで2回の舞台挨拶を終え、芝さん、秋原監督は宮崎市内に移動し、芝さんの同級生が勤務されるセントラルシネマ宮崎に移動しました。上映後に舞台挨拶を行いました。
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舞台挨拶までに控室に待っている時に突然芝さんが、「寸劇やっていいですか?」と企画提案。
舞台挨拶では「試合敗北後の象山産業芝投手」を芝さんが熱演。
監督もサプライズの演技レッスンを実施し、笑いの渦の中舞台挨拶は終了。「来年は是非!ロケ&上映を宮崎で」を合言葉に宮崎を後にしました!

無事、宮崎上映会は、盛況のうちに幕を閉じました。

会場に足を運んでくださった皆さん、ありがとうございました!

都城市 シネポートは11月30日まで上映があります!
是非この機会に都城市 シネポートでお楽しみください169.png

これからも、映画「レフトフライを宜しくお願い致します!!


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# by ker_pyokon | 2017-11-20 10:00
宮崎野球人 黒木研二さん
今回のゲストは......

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黒木研二さん
こちらは大学不動産連盟ベースボールリーグの写真。
(後列右から二人目が黒木さん)
高鍋高校出身で天才内野手(秋原監督談)。

黒木さんには、11月5日、7日の完成披露試写会 両日に来てくださいました。
ありがとうございます。
本日もいろいろと話をお聞きしたいと思います。

アサイ(以下、ア):黒木さん!よろしくお願いします。早速ですが、宮崎での野球の思い出をお教えください。
黒木(以下、K):こちらこそよろしくお願いします。私は小学4年からソフトボール、中学で軟式野球、そして高校で硬式を握りました。
私は宮崎県の北部だったので、高鍋高校は学区外ですが、「高鍋で野球をやりたい!」と思い、担任の先生の反対を押し切り受験し合格しました。
後攻では1年の春から遊撃手で起用してもらい、映画「レフトフライ」に出演している芝さんと約4か月一緒にプレーさせていただきました。

ア:芝さんとの思い出は印象深いものだったのでしょうか?
K:はい。何と言っても一番の思い出は、長い野球人生で最初で最後だった「完全試合」に遭遇できたことです。
もちろんマウンドにはエースの芝さん。夏の県大会でした。9回裏は本気で「飛んでくるなよ」、、、って思っていました(笑)。
その夏は県大会決勝戦に進んで、春の選抜でPLを追い詰めた田口竜二投手(南海)、田中幸雄遊撃手(日本ハム)を擁する都城高校に0対1で負けました。
今となってはこれも良い思い出です。でも、「もしここで勝って甲子園に行っていたら」と思いを巡らすこともありますね(笑)

ア:黒木さんはその後、明治大学に進まれたわけですが、そこでの思い出もお聞かせください。
K:大学に入ると高校の先輩方の活躍に大変刺激を受けました。このブログにも参加されている坂口さんが明大主将、法大は坂口さんの同期の横山さんが主将。
そして芝さんも神宮のマウンドにいました。明大の下級生時代は非常に厳しい環境でしたが、そこで耐え忍べたのは、高校時代の先輩方のご指導、そして神宮での皆さんの活躍を見させていただけたからだと思います。
皆さんのおかげで私も4年生の時には明大の10番を背負うことになりました。10番を背負った4年生秋の最終戦で応援団の団長と試合前に本塁打を約束し、約束通り「レフトフライ」ではなく(笑)「レフトスタンド」へ放り込んだのもいい思い出です。

ア:明大の厳しさと言えば故島岡監督が思い浮かびますが、島岡監督の思い出についてもお聞かせください
大学時代の一番の思い出はやはり島岡吉郎監督のご指導を直接受けられたことです。
特に「人間力野球」をモットーとしていた監督の最後のノック。手を清め、手で転がしていただいた球をカチガチになって捕球をしたのを今でも鮮明に覚えています。
ア:その後社会人野球のリクルートに進まれました。
K:リクルート野球部には4年間お世話になりました。当時の東京都は強豪チームが多数で全く歯が立ちませんでした。
同じ新鋭チームだったシダックスのキューバ出身の選手に強烈な一発を浴び、都市対抗出場の夢を絶たれた瞬間は今でも思い出します。
社会人時代のいい思い出は社会人最後の試合でも「レフトフライ」ではなく(笑)「レフトスタンド」に満塁弾を放り込んだことですね。

ア:最後に女子中心チーム、赤蛙精工の監督になられたらどういう手で象山産業に闘いを挑みますか?
K:攻撃戦法は二つですね。まずはバント!全員バントの達人になるべく鍛錬し、多種なバント攻撃を仕掛けかき回す戦法を取ります。もう一つは短打を狙うのではなく長打を打てるようしっかりフルスイングを徹底し、投手にプレッシャーをかけます。
この二つを状況によってミックスして、相手のリズムを崩して攻めていきます。
守備面では内野陣を完璧にしておきます。志村・江尻両投手に任せておけばしっかり内野ゴロに仕留めてくれるはずです。

ア:最後にお聞きしたいのですが、黒木さんは1968年6月22日生まれ。そのときはタイガースが大ブレイク!そのボーカルはジュリーこと沢田研二さん。彼の誕生日が6月25日。もしかして「研二」というお名前はお母さんがジュリーのファンだったからですか?
K:(笑)いえいえ。両親から聞いた話では、頭が良くなるようにということで、「研」、そして次男なので「二」で「研二」となったようです。
ア:そうでしたか(笑)。長々とありがとうございました!

黒木さんは現役時代さながらのフットワークの軽さで宮崎県内、首都圏で映画「レフトフライ」PRのお手伝いをしてくれています。本当にありがとうございます!現在も写真にある通り大学不動産連盟ベースボールリーグでMeijiユニフォームに袖を通して野球の試合に出場されているとのこと。是非赤蛙精工のチームにも助っ人に来ていただければと思います!参加の際には元千葉ロッテの黒木知宏さんが「ジョニー黒木」なので、「ジュリー黒木」としてご参加いただければと思います!
黒木さん!本日はありがとうございました!

映画詳細
11月19日(日)17時30分@セントラルシネマ宮崎
登壇者:芝光夫・秋原監督
チケット問い合わせ:0985-23-2336 セントラルシネマ宮崎
最後まで読んで頂きありがとうございます112.png

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# by ker_pyokon | 2017-11-13 10:00
アサイ宮崎へ 初出張!【後編】
11月5日にTOHOシネマズ六本木ヒルズ開催された、
映画「レフトフライ」完成披露特別上映
多くの方にお集まり頂き大盛況でした!
ありがとうございます112.png


翌日も1日雨が続きました176.png

この日は、宮崎日日新聞さんで打ち合わせのため市内へ。
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宮日広告の担当の方が大学時代に
秋原監督の大学で練習試合をしていたことが判明しました!
すごい縁!世の中狭いですね112.png

その後、セントラルシネマ宮崎さんで打ち合わせ。
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芝さんの同級生が勤務されているということでお会いできましたが
なんと!
11月19日(日)17時30分から「レフトフライ」
特別上映を開催していただけることになりました!
芝光夫さん秋原監督が登壇されます。
特に!宮崎市内の皆様、高鍋高校出身の皆様
是非みに来て下さいね110.png

そして、いよいよ縁のある地
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高鍋高校に行って来ました!!!

お隣にあるMASUDAスタジアム
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このブログに参加していただいた坂口さん、映画に出演した芝さん、宣伝をお手伝いいただいている黒木研二さんといったノンプロの名選手たちの汗と涙の決勝がこのスタジアムには染み込んでいるのですね!

こちらの銅像の方は、高鍋高校美術の先生で野球部の監督だった平原美夫先生。
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宮崎県の高校として、初めて高鍋高校を甲子園に連れて行かれた方です。
高鍋高校出身の芝さんは
多くの先輩方から平原先生は、野球部にも、他生徒にも、多方面に影響力のあった方だと伺っています。

といったアサイ初の宮崎出張でした。
上映まで残り19
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映画詳細
11月19日(日)17時30分@セントラルシネマ宮崎
登壇者:芝光夫・秋原監督
チケット問い合わせ:0985-23-2336 セントラルシネマ宮崎

「レフトフライ」!いよいよ一夜限りの大画面上映会もあと3回!お時間ある方ぜひ!ご鑑賞ください!

最後まで読んで頂きありがとうございます112.png


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# by ker_pyokon | 2017-11-06 10:00 | 宮崎県